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痛み再来。「赤いヤツ」の来襲<No 552>

※ この記事はすべて管理人の個人的見解によるものです。
医学的見地による確かなものではありません。

 

三位決定戦、見逃す

14日土曜日の午前中に泌尿器科へ行き、

 

その晩、救急搬送され、

 

搬送先の病院で文字にできない痛みに耐えました。

 

自力でタクシーを止めて帰宅したのは、
夜中の2時半頃。

見逃したW杯三位決定戦を観ようと思い
録画先を探すも見当たりません。

どうやら録画し忘れていたようです。

元々、生で観るつもりだったので。

日はまたいでいたので既に15日の日曜日です。

その日は大人しく自宅で静養することにしました。

 

痛み再来

救急搬送先の病院で「前」を激しくやられたので、
「その道」が損傷しています。

なので、もよおしても出てくるまでの過程で
針で突き刺すような激しい痛みを何度も感じます。

  • 出すために水を飲む
  • 尿意はあるけど出てこない
  • 出そうとしたら激しい痛み
  • 痛みがあるから筋肉が硬直する
  • だから余計に出てこない

それでも、日中は何とか眠ることができました。

搬送先で「痛みは夜にくる」と聞いていたので、
薬の準備も万端で夜を迎えることにしました。

 

手榴弾一つで市街地戦に突入

帰宅後のカラダはボロボロだったので、
一日中泥のように眠っていました。

気がつけばW杯決勝戦も終了している時間だったので、
録画で観ることに。

フランス国家「ラ・マルセイエーズ」を聞くと
フランス人でなくても心高ぶります。

さぁ、これからキックオフと思ったその時、
ヤツはやってきました。

右の脇腹痛です。

食後に薬は飲んでいるものの効かないとなれば
もう一錠飲みます。

それから5分経過。

キックオフ後の光景は覚えていません。

10分経過。

意識が遠のく前に行動しなければなりません。

やむなく二日続きで「赤いヤツ」を呼ぶことに。

 

「赤いヤツ」

前日と同じく搬送前に身支度を整えます。

段取りに慣れても、痛みに慣れるものではありません。

3、4分すると遠くでサイレンが聞こえたので、
1階で待つことにしました。

降りていくと「赤いヤツ」がクルクル回っています。

救急隊に促されてクルマに乗り込みストレッチャー
に横たわりました。

この後、脈拍と血圧を測るところまでは前日同様でしたが、
受け入れ先が決まりません。

救急隊が先に受け入れ可能性のある救急外来を私に伝えてくれます。

その中から私が選んだところに電話をかけて確認を取ります。

前日同様、受け入れ拒否が4件ほど続きました。

もう、近隣の病院はありません。

仕方なく、名のある遠方(クルマで30分はかかる)の病院を
当たりました。

するとそこは、受け入れるが、

  • 30分から1時間待ってもらう
  • 痛みが治まったら帰ってもらう
  • 痛みが治らなかった他の病院に自力で行ってもらう

という回答が来ました。

大阪でも名のある大きな病院でもそんな対応なのかと
愕然としました。

私が救急隊に、
「病院間の連携はないのですか?」
と聞いても「ない」とのこと。

つまり、病院の玄関から自力で別の病院に行くか、
無理なら119をするということです。
(と、私は解釈しました)

ただ、救急隊が受け入れ先に伝えていた、

  1. 意識あり
  2. 自力歩行可能

この二つが優先順位を大きく下げる要因なのだと感じました。

まぁ、言われてみればそうですね。

結果、泣く泣く30分かけて大きな病院へ行くことに。

それでも高速を利用したので、
20分足らずで到着しました。

 

 

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椅子で座って待つ

救急搬送されたのに、搬送先ではベッドではなく
椅子に座って待つことに。

その後、普通に診察してもらい、
お腹のエコーを撮りました。

前日、CTとMRIを撮ってるので、
続けて撮ると被爆してよくないので撮りませんでした。

エコーで確認すると腎臓に左右差はなく、
他にも異常はないとのこと。
(「このときは」or「この方の見解」は)

ただ、尿管結石の疑いはあると言われました。

日は開けて16日月曜日の朝4時。

いつもならもうすぐ起きる時間です。

この日は流石に妻にも連絡を入れていたので、
妻が義父と迎えに来てくれました。

いい具合の字数になったので今日はこの辺で。

 

 

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<編集後記>
6時20分起床後ルーティン
午前中、お客様にMF導入&コンサルティング
午後から、ブログ執筆