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「サービス」と「奉公」は線引きする<No 380>

)Grand Front 大阪

 

 

無償のサービス

世の中、何かサービスを提供するとそこに対価は発生します。

当然と言えば、当然のことですが、
これが当然でないケースもあります。

  • ボランティア
  • 育児
  • 奉公

ボランティアは、事前にサービスを提供する側が、
無償であることを認識した上で行います。

提供されることは通常のサービスと変わりありませんが、
提供する側、される側、両者合意の元で行われること
なので、対価がなくても成立します。

また、育児は扶養の義務がある家族間で行われるので
サービスの範疇から外れます。

これらに対して、「奉公」とは、ウィキペディアには
次のように書かれています。

 

 

 

 

「サービス」と「奉公」は線引きする

改めてここで言う「サービス」とは「service」
であって、対価が発生するものを言います。

無償や値引きであることを匂わせる
「サービスして〜な!」のサービスではありません。

  サービス=対価が発生するもの

です。

 

「雇われる側」と「雇う側」

本来、雇用関係は契約によって結ばれているので、
どちらが偉い、偉くないはありません。

雇われた側は、雇う側に仕事を通じてサービスを提供します。
雇う側は、サービスの提供を受けた見返りに対価を渡します。

これらの行程のなかで、不備・不満があれば、互いに
解雇・退職というかたちで雇用関係を破棄することも可能です。

しかし、世の中、

雇う側は「雇ってあげている」
雇われる側「雇ってもらっている」

という悪しき慣習があります。

 

 

「怒り」を「パワー」に変える

本来、サービスは対価の発生するものです。

自身の時間と労力を提供したのなら
「奉公」にしてはいけません。

しかし、悪しき慣習は私の前にも立ち塞がり、
雇われ時代、多くの「奉公」を務めました。

資格がないという「弱み」を理由に、
「勉強中だから」のひと言で「奉公」は続きます。

奉公から逃れるためには、資格をとって独立するしか
ありません。

私が登録即開業のかたちをとったのも、
このときの強い感情がそうさせたのでしょう。

その感情は「大きな事務所でも挑戦してみたいな」
という前向きな気持ちを遙かに凌駕するものでした。

 

 

「自己解決」できないことからは離れる

  • 朝のラッシュ
  • 通勤時間
  • 残業
  • 給料

独立してからこれらの問題を「自己解決」出来るようになりました。

その分、別のかたちで「自己責任」なるものが増えますが・・

自分の人生を生きている。

毎日、実感できます。

 

 

 

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<編集後記>
5時20分起床後ルーティン。ルーティンとは
午前中、法人決算、読書
午後から、ブログ執筆、書籍執筆

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